春駒日記




富岡麻紀ひとり芝居「春駒日記」
新宿ゴールデン街劇場
2009年2月22日(日)・3月1日(日)19時~
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<落語の吉原>蛙の女郎買い
五代目古今亭志ん生

これは吉原を舞台とする廓噺のマクラで、よく使われる小咄です。クリスマスとは全く関係ない話で・・・。
「蛙の小便」というよく似た小咄もありますが、ほとんど同じような噺なので、どちらかがもう片方のアレンジだと考えています。蛙が立つと言うところがSFなのですが、立ったとすると目が後ろに付いている。それが面白い。講談で「あきれ蛙の頬かぶり」という文句がありますが、同じような発想です。この蛙、吉原田んぼの住人です。

その昔吉原は、吉原田圃(たんぼ)と言われるぐらいの、田んぼに囲われていたのです。新吉原移転の経緯を考えると分かりますが、そもそもは一面葦(よし、あし)の原だったのです。そして、吉原だけが夜になると煌々と灯りを放っている。砂漠の真ん中にある、ラスベガスのような遊興地でしょう。
「吉原が明るくなれば家は闇」
時代が下るにつれて、野原も田畑に変化していきました。「唐茄子屋政談」では、遊びが過ぎて、家を勘当になった若旦那が、田圃のあぜ道から吉原を眺めるシーンがありますね。

吉原はお歯黒溝に囲まれた異次元です。北州とか北国(ほっこく)とか北里とか言われるぐらいの別世界です。「裏田圃(うらたんぼ)」という表現もあります。これは入谷側の田んぼです。山谷堀の対岸の事との説もありますが、正確には入谷側でしょう。日本堤や山谷堀を通って吉原に至るわけですから、南東から北西に向かっているわけです。裏は吉原のその先の北西にある田んぼのことを指していたことでしょう。吉原の大門(入口)は北東にありました。だから南西側も裏田圃と呼んだようです。
吉原地図-1-v10
永井荷風の「里の今昔」(昭和9年)です。大音寺前の辻から見た風景です。
「道の片側には小家のつづいた屋根のうしろに吉原の病院が見え、片側は見渡すかぎり水田のつづいた彼方に太郎稲荷の森が見えた。吉原田圃はこの処を云つたのである」

ただ、当時単に吉原田圃とか、浅草田圃という呼び名もあり、どの文脈でどこを指しているのかというのは、はっきり言って分かりません。

明治大正期ぐらいまで、初夏に日本髪を束ねるのに、稲の新藁(しんわら)を使う風習が残っていました。新藁は、まだ青い苗に熱湯をかけて乾かしたものです。吉原田圃から「新藁-新藁-」と売りに出ていました。元来は邪気払いのようですが、次第に信仰上の意味はなくなります。初々しい新緑の苗は、キリッとした日本髪と相まって季節感のあるものだったでしょう。


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<落語の吉原>厄払い
桂米朝

夜鷹と遊女についてもう少しだけ。歴史に入っちゃうと書ききれません。

厄払いの文句を米朝が解説していますが、ここにも夜鷹という言葉が出てきます。「厄払い」で、三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつかい)での「お嬢吉三」の台詞が出てきます。

「月も朧に白魚の篝も霞む春の空
冷てえ風もほろ酔いに心持ちよくうかうかと
浮かれ烏のただ一羽ねぐらへ帰える川端で
竿の雫が濡れ手に泡思いがけなく手に入る百両
ほんに今宵は節分か西の海より川の中
落ちた夜鷹は厄落とし
豆沢山に一文の銭と違って金包み
こいつぁ春から縁起が良いわい」

良いですね。こういう台詞は歌舞伎で見てもよく分かりませんが、落語で聞くと耳に残ります。次はマクラでよく使う川柳です。

「女郎買い振られて帰る果報者、須城に可愛がられて運の尽き」

前にも書いたかもしれませんが、「じょうろ」は「女郎(じょろう)」です。私はこの文句好きです。若旦那が女に目覚めて金を使う。店の金に手を付けない内は良いが、それでも女に走ってしまう男の気持ちが、業って感じですよね。身代を潰してしまうぐらい入れ込んでしまうのが男の性(さが)です。それが男らしい理想の姿だとも男は感じているのでしょう。

「女郎」という言葉も古いですね。一説によると、源氏に破れた平家の「上臈(じょうろう)」(女官)達が生活のため売春をしたから、と言われています。

秋の七草の一つ、「女郎花(おみなえし、おみなめしとも言う)」という花がありますね。「おみな」はオンナの事、「えし」は花が細かいことから粟のメシに似ているので、こういう名が付いています。「女飯(おんなめし)」から「女郎花(おみなえし)」です。他の説もありますが、比較的有力でしょう。

女郎という言葉は当然、古そうに感じますが、遊女という言葉も意外と古いのです。「あそび女(め)」の表現は紹介しましたから、いつもと違う文献から。

「一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月」

松尾芭蕉、越後路での1句です。新潟の市振(いちぶり)で、芭蕉は桔梗屋という宿に泊まります。泊まった部屋の一間隣に、若い二人の女がいます。よく聞いてみると伊勢参りの遊女二人です。その後の旅は一緒にしていないようですが(実際は分かりません)、この頃には遊女という言葉が普通に使われています。「あそび女」の派生でしょうか。

長くなった言い訳します。語源を調べた人なら誰もが感じる事でしょうが、そんなものは分からないのです。「かぼちゃ」と「カンボジア」だけでなく、「ボヘミア」と「ボローニャ」が同じとか、何でもありで、際限がありません。ですから、この辺りで次は吉原に戻ります。

<落語の吉原>風邪うどん
桂枝雀

この噺うどん屋ですが、夜の屋台の雰囲気分かります。さて東京では「夜鷹蕎麦」です。前回の続きです。

「夜鷹」は街角で客を引く街娼の事なのは誰もが知っていることでしょう。そもそも「夜鷹」とは、ヨタカ目ヨタカ科の鳥のことです。この鳥は夜中に虫を食べるんです。その上、鳴き声が「チョッチョッ」と鳴きます。「ちょっと、ちょっと」と暗い夜道で声を掛ける街娼の声に似ていることから、夜鷹と呼ばれるようになったという説があります。
夜になると出てくる鳥で、それも大きな鳥だったら、夜の鷹と比喩されることもあったでしょう。夜にだけ出てくる鳥というのは神秘性を帯びていますね。こういう呼称は発展しやすいものです。他にも、

「夜になると出てくるから」
「客に夜鷹が多かったから」
「夜鷹を買う代金と同じだから」
とか諸説入り交じってよく分かりません。

落語に戻って名人圓朝です。
『月謡萩江一節(つきにうたふおぎえのひとふし)-萩江露友伝-』の中から、
「夜蕎麦売りはなにゆえできたか知るまい。夜鷹蕎麦は夜鷹が食うからではない、お鷹匠の拳の冷えるに手焙りを供するため、享保年間往来に出て手当てをいたし、その廉(かど)をもって蕎麦屋甚兵衛という者が願って出て、お許しになったので夜鷹蕎麦というがな、夜お鷹匠の手を焙るお鷹蕎麦というのだ」
これは噺の中で、武士が無銭で蕎麦を食おうとする場面の言葉ですから、眉唾物ですが、面白いですね。

まあ、こうなるともう何が何だか分かりません。ただ、1700年代から風鈴を吊して営業していたようで、その伝統は明治になっても残っていたようです。
今と変わらず上方では、蕎麦ではなくうどんです。東京でもうどん屋が流行りました。「夜啼き饂飩(うどん)」と言われ、明治14年には「夜啼き饂飩」が863人、「夜鷹蕎麦」が11人、という時代もありました。率直に考えて夜中まで営業している業態は特殊で、当時の人々にとって面白かったのでしょう。風鈴というアイデアも、夜中だからこそ、寝ている人を起こさずに客を集める工夫だったのだろうと思います。「風邪うどん」のような噺は、そんな時代を彷彿とさせます。

夜鷹を買う代金、つまり女を買う代金が、かけそばと同じ代金とは驚くべき事です。ちなみに昔の夜鷹蕎麦は、かけそばしか出していなかったらしいのです。「時そば」は誰もが知っている噺ですね。お酒も出していませんでした。「替り目」ではうどん屋ですね。
永井荷風が「夜寒の路地には支那蕎麦屋の笛がきこえる」と書いたのは大正13年です。この頃からラーメン文化も始まるのです。

また長くなりました。書きたいことは数多ありますが、次回は短く追記にします。

さくらん(安野モヨコ)
※この文章には暴力シーンやグロテスクな表現はたぶん含まれていないと思います。が、ネタバレは含まれているかもしれません。とりあえず漫画を読んでからヒマでヒマでしょうがない時に仕方なく読むことをお勧めします。

花魁漫画『さくらん』は主人公きよ葉が吉原No.1の花魁になるまでのサクセスストーリーの途中までの話です。

きよ葉の子供時代、同期の「にほひ」ちゃんって子が2~3コマほど出てくるんだけど、もうね明らかに容姿に劣ってるの。もう違うマンガかってほど画が差別されてるし。赤塚不二夫先生のキャラかっつって。吉原ってかバカ田大学だろっつって。
でもまぁ実際、にほひちゃんみたいな人はどうしてたんだろ。やっぱオモシロ担当だったのかなぁ。
うろ覚えだけど人気のない遊女はお風呂にも入れてもらえなくて、吉原の掘りで水浴びをするって話を思い出した。でもお風呂に入れなかったら汚くて人気がでなくて、んでお風呂入れなくて………メビウス!って思ったもんだった。

あーそうそう、きよ葉は美人で乱暴だけど可愛くて色気があって、もう人気者なんですよっ!って設定です。確かにそのとおりで、純情で純粋でカワイイから店に行ったらきよ葉指名しちゃうかもだけど、いまいち色気を感じないんだよなぁ。きよ葉にっていうか画に。これはもう好みの問題だからね、言葉にするのは難しいんだけど…ウッソリ?…シッポリ?ていうか…湿っぽさがないかなぁと。シットリ?

趣味丸だしすぎで申し訳ないのですが、諸星大二郎先生の描く女の人の色っぽさが大好きです。吉原に渦巻く怨念話読みたいなぁ。あーやっぱ妖怪がいっぱい出てくるコメディータッチの話の方がイイなぁ。『栞と紙魚子』みたいな。あーそれか高橋葉介先生で血みどろ情念話もいーなー。もう眼力!眼がステキ!下睫毛が色っぽくてイジワルな雰囲気出してんだよねぇ。

あ、でも『さくらん』面白かった。きよ葉がNo.1になるその日までを是非読んでみたいです。


またまた新連載、はじまります。
こんばんは。
公演まで残り3ヶ月をきり、衣装選び、曲作り、効果音作り、オープニング映像作りと、にわかに慌しくなってきたはるこま企画です。

さてさて、公演準備に追われてますます公演準備ブログの更新がおろそかになるという、この外部に漏らすべきではない現状を打破するため、新しい連載を立ち上げました。題して

一読三悔 吉原漫画夜伽

フリーの漫画愛読者、山口たくこさんによる、吉原漫画紹介です。
吉原をもっと知りたいけど、このブログの吉原講座はどうも読む気がしない(そもそも、続いてないですが…)という方、落語で吉原を知るのも面白いけどやっぱりビジュアルが欲しいという方、「さくらん」は面白かったけど、「さくらん」以外に吉原を舞台にした漫画はないのか、と探している方、ぜひご覧下さい。(第1回は「さくらん」ですけどね)










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