春駒日記




富岡麻紀ひとり芝居「春駒日記」
新宿ゴールデン街劇場
2009年2月22日(日)・3月1日(日)19時~
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<落語の吉原>文七元結
立川談春

この録音は素晴らしい。少しばかり泣かせ過ぎの嫌いがある人情噺です。しかしそれが良いのです。この噺は登場人物が多く、長いというのもあって、様々な師匠方が演じてこられました。そもそも作者である初代円朝の速記が残っています。で、良い噺なので上手い人が演れば、それぞれ工夫されて誰でも面白いのです。今回は、まだ若い談春師の噺を取り上げます。一人で聴いたら泣けること請け合いです。

円朝(1839-1900)が演っていたのは、幕末から明治という動乱の東京です。なぜ円朝が人気だったのかというと、噺が速記で新聞に連載されていたからです。つまりエンターテイメント作家であるのです。ですから、噺としてだけでなく物語としてよく出来ています。しかし考えてみると納得いかない部分も・・・そこが噺家の力の出しどころというわけです。

さて、大衆に支持されたということは、大衆の気持ちであったということが分かります。つまり、花魁に対する考え方は、今の時代とそう変わっていない証拠です。
噺に『佐野槌』という吉原の大店の名前が出てきます。円朝は『角海老』としていました。噺の舞台は江戸ですが、角海老は当時京町一丁目にあった大店で、実在していました。そして、この女将が長兵衛に50両を貸し付け、来年大晦日まで娘を預かるから働けと説く。娘は花魁として見世に出されるかもしれないのに、父親を改心させたいが為に自ら吉原に行くのです。『佐野槌』の女将としては娘を人質に取ったようなものですが、懇意にしている長兵衛への愛情とも見えます。実在の店を使って、女将の非情さとも愛情とも思える噺をするというのは、当時の人々にはどのように映ったのでしょう。
自ら吉原に行くという行為は、春駒の話と同じく家族を助けるという行為だったのです。50両というのは、現代で400万円前後でしょうか。ちなみに落語で吉原に売られる場合、なぜか50両が相場と決まっています。しかしながら平均的な大工の10日から半月程の稼ぎが家賃であったことを考えると、長兵衛がいくら腕のいい左官屋だといっても、1年程度じゃ返せません。
大晦日というのは、年の終わりでもあると同時に、返済日が末日になっている事が多かったからです。特に江戸時代の店では直接お金のやり取りをしない事もあって、月の末日に清算するということが普通だったです。
この噺は美談で終わっていますが、必ずしもそうではなく、江戸っ子の理想なのでしょう。
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