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春駒日記




富岡麻紀ひとり芝居「春駒日記」
新宿ゴールデン街劇場
2009年2月22日(日)・3月1日(日)19時~
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吉原講座5 庄司甚右衛門、二度目の請願
前回は、「統一遊廓」の設置をお上に拒否された庄司甚右衛門さんと、その後7年間におよぶ沈黙についてお話しました。
今回は、この7年間の沈黙のあと、1612年(慶長17)に行われた二度目の請願についてお話します。ちなみに、本公演「春駒日記(仮)」の主人公となる花魁春駒が吉原へやってくるのは、1924年(大正13)。今はまだ、その312年前の、遠い遠い昔のお話です。

さて、いずれ春駒が身を沈めることになる吉原遊廓の設置にむけて、前回より奔走している甚右衛門さんですが、この年の請願では、どのような理由をつけて遊廓の設置を願い出たのかが明らかになっています。基本的なアピールポイントは、「京都、大阪、駿府などの繁華な土地にはすでに公認の遊廓が設置されているのに、この江戸にだけ許されないのはおかしい。遊女屋が城下の各所に散在しているのは、不得策である」という点です。
なぜ不得策なのか。
その理由を具体的に述べた三箇条の陳情書をみると、当時の江戸において遊女屋がどのような存在であったのかを、なんとなく想像することができます。


遊びに溺れたお客が、自分の支払い能力もわきまえずに何日も遊女屋に入り浸っております。遊女屋はそれについて何もいわないばかりか、困ったお客が主人や親方からお金を盗んで支払いにあてたとしても、金さえ受け取れればそれで構わないという考え方なのです。
→遊廓を設置して貰えれば、お客を一泊以上引き止めることはいたしません。


お金に困ったものの娘を養子という形で貰い受け、成長後に遊女に売るといった商売を行っているものがおります。こういう者の中には、53人も養子を抱えているものもあり、もし実の親が文句をいってきても、うまくウソをついて言いくるめたり、多少の金を与えて誤魔化したりしているようです。中には、婦女を誘拐して遊女にしてしまうものもおりますし、遊女屋も知っていてそれを買うのです。
→遊廓を設置して貰えれば、そのような婦女が入ってきた場合は、すぐお知らせします。


最近、世の中も平和になってまいりましたが、関が原の合戦にしても、まだそれほど昔のことではありません。社会のスキをついて何事かを企む奴(徳川幕府の転覆ももくろむ浪人など)もたくさんいるようです。そういう奴らは、住所も定めず、まちを転々としておりますが、どんな怪しい者がやってきても、金さえ受け取れればなにも言わず何日でも泊めておくのが、遊女屋ではあたり前になっております。また、なにか悪事を働いたものが身を隠すにも、遊女屋ほどピッタリのところはないと思われます。
→遊廓を設置して貰えれば、怪しい者はキチンの身元を確認し、いよいよとなればこちらで引っ立てて連れて参ります。

幕府としても、「確かにつかえる…」と思わざるを得なかったのでしょうか。
甚右衛門さんのもとに、「追って沙汰を申し付ける」とのお達しが下りました。

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